未知をたずねるもの

 昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんはいつものように山に芝刈りに行き、おばあさんはいつものように川に洗濯に行きました。


どんぶらこ♪
どんぶらこ♪


 おばあさんが洗濯をしていると上流から何やら流れてきました。


どんぶらこ♪
どんぶらこ♪


「あれは?」
 近づいてくるのは小舟に乗った鬼ではないですか。
 鬼はおばあさんの前まで来てすっと舟を停めました。どうすればそのように舟を操ることができるのか、おばあさんはとても不思議に思いました。おばあさんが不思議に思うのも無理はありません。なぜなら、それは未来からやってきた鬼だったからです。


「この辺りに美味しいラーメン屋さんはありますか?」
 鬼は丁寧な口調で聞きました。


「ありません」
 あるとしてもそれはずっと遠い場所でした。美味しいと決めつけるのも、おばあさんは少し気が引けたのです。


「そうですか」
 鬼はそう言ってからしばらくの間おばあさんの顔を見つめていました。


「ええ、生憎ね……」


「では」


 そう言うと鬼は小舟をターンさせ、どんぶらどんぶらと上流の方に戻っていきました。おじいさんに話すことができた。おばあさんはそう思いながら洗濯板を手に取りました。

 

幻の子供

 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんはさておき、おばあさんは川に洗濯に行きました。
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
 すると上流から何やら大きなりんごのようなものが流れてきました。


「おばあさん、あれは?」


「おじいさん、どうしてここに?」


「まあ何、それよりあれは!」


 りんごのようなものは、どんぶらこと流れてくると2人の前で止まりました。そして、中からピョーン!と小さな子供が出てきました。


「おお、これはめでたい!」


「まあ、運命でしょうか?」


 2人は目の前の子にりんごろうと名付けました。そして、迷わず連れ帰って育てることにしました。もしも運命ならば、決して逆らうことなどできないと考えられたからでした。りんごろうは素直で優しく、おじいさんとおばあさんの愛情を一身に受けてすくすくと育ちました。


「そろそろ学校に入れないと」


「そんなに急がなくても……」


「でもね、おじいさん」


 あるクリスマスの夜のこと、2人がひそひそ話していると、突然、窓から閃光が射し込みました。おじいさんとおばあさんは、驚いて庭に飛び出しました。上空から円盤が降下したと思うと、次の瞬間には庭に着陸して、中から人間離れした生物が降りてきました。


「王子様!」


 いつの間にか、眠っていたはずのりんごろうが2人の傍に立っていました。


「……王子」


 2人の知らない名前で息子を呼ぶ宇宙人の瞳は、どこか悲しげにも見えました。あの川で出会うよりもずっと前から、既に別の名前があったのでしょうか。おじいさんとおばあさんは、当惑したまま身動きすることもできませんでした。


「おじいさん、おばあさん、今までありがとう!」


「おお」


 おじいさんは、今までのことを振り返りながら、別れの時がきたことを悟りました。


「これも運命なのね」


 おばあさんは、りんごろうの手をぎゅっと握りました。
 次の瞬間、王子は宇宙船の中に消えていました。そして、宇宙船はそっと地上を離れて消えてしまいました。音も閃光もなく、夏の虫のように姿を消したのでした。

パリの老紳士

パリパリ♪


 昔々、とても煎餅の大好きなおじいさんがいました。おじいさんは他のどんな食べ物よりも煎餅のことが大好きでした。鰻よりもトウモロコシよりも煎餅が好きでした。饅頭よりもソフトクリームよりも煎餅が好きでした。世界に煎餅がなくなるならいっそ一緒にこの世から消えてしまった方がましだ。時には(希に落ち込んだような瞬間などに)そのようなことさえ考えるのでした。いつでも傍に煎餅を置いても経済的な負担は知れているのだし、パリパリと煎餅を食べるほどにおじいさんの歯は丈夫になっていくのでした。煎餅を食べるとよいことしかない。おじいさんは、もっともっと煎餅を世界中に広めたいと思っていました。


パリパリ♪ パリパリ♪


 おじいさんが煎餅を噛み砕くほどに、おじいさんの音楽的センスが磨かれていきます。(本当になんて素晴らしい食べ物なんでしょう)


 ある夜、おじいさんが暢気に煎餅を食べていると家に泥棒が入ってきました。どうせ入るならばもっと金目の物があふれる家に入ればいいだろうに、間抜けな泥棒はおじいさんの家を選んだようでした。頭にねじりはちまきをした泥棒が忍び足でゆっくりとおじいさんの部屋に近づいてきました。けれども、おじいさんは暢気に煎餅を食べていたため、悪意を秘めて近づいてくる者の存在にまるで気づくこともありませんでした。


パリパリ♪ パリパリ♪


 その時、泥棒はパリパリという不思議な音がするのに気がつきました。一旦足を止めたものの、泥棒は好奇心に駆られて音の方に近づいていきました。細心の注意を払いながら忍び寄ると、襖の陰から奥の様子を盗み見ました。そこにいたのはパリパリと暢気に煎餅を食べる独りのおじいさんでした。
(あれが晩ご飯か……)
 美味そうに食べるものだ。そう思った泥棒は何も取らずに帰って行きました。
 めでたし、めでたし。

激流

 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おばあさんは川に洗濯にいきました。随分流れが急なのは、昨日雨が降ったからでした。


(色々あった)


 おじいさんは思いました。山あり谷あり、時に穏やかに、時にはあまりに激しく。それはまるで川の流れのようだった。


「おじいさん、山は?」


「今日はええ」


 おじいさんにとっては、欠かせない日課もあれば欠かせる日課もあるのでした。そんな日には、2人一緒に洗濯をするのです。その時、おじいさんが持つ洗濯板は、激流からおばあさんを守る盾のようでもありました。


どんぶらこ♪ どんぶらこ♪


 上流から、何やら流れてくるような音が聞こえてきました。


「おじいさん、あれは……、何でしょう?」


「何でもええ」
 その時、おじいさんはとても無欲でした。