パリの老紳士

パリパリ♪


 昔々、とても煎餅の大好きなおじいさんがいました。おじいさんは他のどんな食べ物よりも煎餅のことが大好きでした。鰻よりもトウモロコシよりも煎餅が好きでした。饅頭よりもソフトクリームよりも煎餅が好きでした。世界に煎餅がなくなるならいっそ一緒にこの世から消えてしまった方がましだ。時には(希に落ち込んだような瞬間などに)そのようなことさえ考えるのでした。いつでも傍に煎餅を置いても経済的な負担は知れているのだし、パリパリと煎餅を食べるほどにおじいさんの歯は丈夫になっていくのでした。煎餅を食べるとよいことしかない。おじいさんは、もっともっと煎餅を世界中に広めたいと思っていました。


パリパリ♪ パリパリ♪


 おじいさんが煎餅を噛み砕くほどに、おじいさんの音楽的センスが磨かれていきます。(本当になんて素晴らしい食べ物なんでしょう)


 ある夜、おじいさんが暢気に煎餅を食べていると家に泥棒が入ってきました。どうせ入るならばもっと金目の物があふれる家に入ればいいだろうに、間抜けな泥棒はおじいさんの家を選んだようでした。頭にねじりはちまきをした泥棒が忍び足でゆっくりとおじいさんの部屋に近づいてきました。けれども、おじいさんは暢気に煎餅を食べていたため、悪意を秘めて近づいてくる者の存在にまるで気づくこともありませんでした。


パリパリ♪ パリパリ♪


 その時、泥棒はパリパリという不思議な音がするのに気がつきました。一旦足を止めたものの、泥棒は好奇心に駆られて音の方に近づいていきました。細心の注意を払いながら忍び寄ると、襖の陰から奥の様子を盗み見ました。そこにいたのはパリパリと暢気に煎餅を食べる独りのおじいさんでした。
(あれが晩ご飯か……)
 美味そうに食べるものだ。そう思った泥棒は何も取らずに帰って行きました。
 めでたし、めでたし。